らいあんのドン底からの這い上がりストーリー

 From:らいあん

この記事では、僕、らいあんの起業ストーリーということで、

「国家公務員」という安定した生き方を目指していた僕がなぜWEB起業という道に辿り着いたのか?

どのような失敗・挫折を経験し、乗り越えてきたのか?

 

をまとめてみました。

 

・ドン底まで落ちたリアルな挫折経験。

・マイナスからの這い上がり。

・自由度の高い生き方を実現するための『生きたヒント』

 

を散りばめているので、じっくりとお読みください。

 

これから自由なライフスタイルを目指すあなたに向けて、本音もなにもかもぶちまけています。

 

きっと読み進めるだけで

コイツにできるなら、
俺にもできるかも

と勇気が湧いてくるでしょう。

 

それぐらいの熱量を込めて書き上げました。

 

 

今から数年前・・・

大学のカフェテラスにて、

 

「起業でもしてリッチになって自由な生活送りたいなぁ。」

 

「ブフッ!」

 

隣の席に座っていた友人が思わずコーヒーを吹き出し「ゲホゲホッ」と苦しそうにしていた。

 

彼は慌ててパソコンにかかったコーヒーを拭き取りながらこう言った。

 

「おいおい、いきなり冗談やめろよ。びっくりするわ。夢を見るなら夢の中だけにしろよ。笑。俺たちみたいなフツーの人間に起業なんてできるわけないだろ。そーゆーのはセンスがあるやつとかコネがあるやるにしかできないんだよ。そんなことよりさっさと課題レポートを終わらせてカラオケでも行こうぜ。」

 

なんだよ。

別にそんな言い方しなくてもいいじゃないか。

別に夢を見るだけなら「タダ」だろ・・・?

 

僕は「起業したい」なんてつぶやいたこともすぐに忘れて、そそくさとパソコンに向かい、レポート課題を終わらせる作業に戻っていった・・・。

 

その頃は、自分がまさか起業・ビジネスとかいう茨の道を選ぶなんて思ってもいなかった。

 

 

当時、大学1年生だった頃。

 

目標:
公務員になって
『普通の幸せな生活』を送る

 

もちろん理由は安定しているから。親や祖父母に「公務員が安定だよ」と聞かされ、疑うこともなく選んだ道。

 

そのために必死こいて都内の大学を受験した。

高校の時に両親が離婚して母子家庭で経済的余裕もない。塾に通うなんてもってのほか。

学校の先生に頭を下げて、要領の悪い自分にも分かるように丁寧に教えてもらった。

 

少しでも勉強時間を確保するために、学校からの帰り道もわざわざ友人の誘いを断ってひとりで教科書をめくりながら歩いて勉強して帰っていた。

 

セルフイメージは

背中にワラを担ぎ、

本を読みながら歩く二宮金次郎。

 

無事志望校に合格し、入学先が決まってからもまたとんでもない壁があった。

なんと入学費用が足りない。

 

そこから慌てて、引越しのバイト。1ヶ月ぶっ続けで働き、40万くらい貯めた。

プルプルと震える筋肉の痛みも無視して、体中に大量の湿布を貼り付けて、意地でも働いた。

お金が足りないと入学が取り消しになる。

それはつまり、ここまでがんばってきたすべての努力がすべてパーになることを意味していた。

 

結局、それでも費用が足りなくて祖父母に入学費用を借りてなんとか入学した。

 

お金がないと人生の選択肢が制限される。

 

それを痛感した瞬間だった。

 

すべては「将来の安定した生活のため」

高校生の頃から、「自分は普通の家庭とは違うんだ」そういう意識があったと思う。

家族で旅行に行った記憶はほとんどない。たまに行く近所のファミレスが唯一の贅沢だった。

おばあちゃんからの教えは「いい大学に行って、安定した公務員になるんよ」だった。

だから、大学生活にキラキラしたキャンパスライフなんて期待していなかった。大学なんてただ公務員になるまでの勉強期間だと本気で思っていたから。

入学して直後ぐらいにサークルにも入らずに公務員試験対策の研究室に応募しに行くと、「大学1年目はもっと遊びなさい」と教授に叱られた。

 

それでもひたすら図書館に籠もって勉強し、

講義室と寮の部屋を往復。

そしてバイトの日々。

それなりに目標に向かって走っている自覚があった。

 

自分の中では人生はかなり充実していた。

 

 

・・・ある日その人生が激変した。

 

 

 

 

 

ある日、僕はベッドから起き上がれなくなった・・・

・・・ある朝、僕はベッドから起き上がれなくなった。

 

ベッドから這って出ようとすると体が震えた。

 

バイト先にはテキトーに急用の理由をつけて休みの電話を入れた。

バイト先のマネージャーが電話を切ったつもりだったのか、ボソッと「やっぱだめやったかぁ・・・」とつぶやく声が耳に入った。

ベッドで布団をかぶってボーっとしていると、消し去りたい記憶がフラッシュバックする。

 

「おい、まともに言われたこともできねぇのか?だったら死ねよ。

 

やる気ねーならさっさと帰れよゴミが。なんならココで降ろしてやろうか?」

 

「お前、いちいち聞いてくんなよ。言わなくてもそれぐらい分かれよ。本当に使えねぇな。今までなにやって生きてきたんだよ、あーあ、マジで今日ついてねぇわ。」

 

「おい、ふざけんなよ!!!!コーヒー買うならブラックに決まってんだろうが?まったくこれだからガキは嫌いなんだよ。同じ空気吸ってるだけで吐き気がするわ。

 

「へぇ?お前公務員なんて目指してんの?アホか?あんなもんお前になれるわけねーだろ?何調子こいてんだよ、バーカ。

 

「オラオラ、お前、冷蔵庫、しっかり持てよ?男ならひとりで持てるだろうが。落としたら弁償だからな?お前、壊したら全部払えんのか?弁償できんのか?学生なんだろ?あぁ?

 

だいたいそういう八つ当たりが飛んでくる現場は、決まって、クライアントが先に新居に行っていて、誰の目も届かないシチュエーション。

いつものように新人いびりから始まり、新人がビビって無言になると今度は自分のところにイライラの矛先が向いた。

 

その頃は、それがパワハラだとは知らなかった。というより、パワハラなんて言葉すら知らなかった。

 

高校の時のバイト漬け生活で、罵声が飛び交う体育会系の仕事には慣れていたつもりだったのに。

 

 

後になってバイト先の友達からコッソリ聞かされた話だと、社内の中でも特に嫌われ者の社員と一緒に組まされていたらしい。

 

職場のマネージャーが、自分が初日に耐え切ったのを見て「このふたりはいけるんじゃないか」と思ってそのヤバイ社員とずっと積極的に組ませられていたそうだ。

 

 

そんなことは知らず「さすがに毎日一緒にはならないだろう」とガマンしていた。

 

僕は職場の嫌われ社員を宛てがわれた、

ただの使い捨てバイトだった。

 

他の社員が気持ちよく仕事できるようにするために差し出された、ただのイケニエだった。

 

それは後になって人づてに知った。

 

そんなことも知らずに、毎日必死に働きながら何時間も罵倒され続け、けなされ続け、舌打ちされ、八つ当たりされ、自分でも知らないうちに我慢の許容量を超えていたらしかった。

 

最初は、作業がスムーズに行けばいいと思って、ひたすらじっと耐えた・・・。

 

仕事を優先して、八つ当たりの罵倒にもヘラヘラしながら耐えた。

スムーズに作業を終わらせて早く帰宅するために必死に仕事を回した。

新人をかばうために自分が率先して動いたのが裏目に出たらしい。

その嫌われ者の社員の目に留まったのか、作業中でも構わず、すれ違うたびに舌打ちされ、雑用を押し付けられ、謎の八つ当たりを受けまくっていた。

 

経験年数だけでマウントしてくる上司なんて平気なはずだったのに・・・

自分でも気づかないうちに、限界を超えていたらしい。

 

人間の我慢には限界があるんだな。


そのとき初めて知った。

 

 

 

・・・病院で診察をしてもらうと開口一番に言われた。

「キミ、しばらくがんばるのは控えなさい。がんばらないこと。がんばろうとしない。休みなさい。何もしなくていいから。いい?分かった?」

 

「はぁ、そうですか・・・」

と曖昧な返事をすると。

 

「キミ、分かってる?これ以上がんばると、本当に二度と起き上がれなくなるかもしれないのよ?」

 

本気で怒っているのか、厳しい言い方とキツい目つきだった。

 

だが、可愛い声で怒られている気がしない。マスク越しでも分かるくらい美人な女医さんだった。

そんな人に優しく諭されているのが男としてものすごく情けなかった。

 

唯一の目的だった「公務員」という目標。

そのためだけに大学を受験し、合格を手に入れた。そして、入学してからも走り続けてきた。

 

それが思わぬところで立ち止まることになった。

 

ある日突然、人とすれ違うだけビクビクしてしまう人間になった。

 

部屋から出るのが怖くなった。

 

人生を棒に振ってしまった。

 

 

何を目標に生きていけばいいのか分からなくなった。

別のバイトに面接に行くと、自分の声が震えているのが分かった。

今までニコニコとこなしてきた面接ですら極度の緊張をしていた。

 

以前と比べて明らかに自信を失っていた。

 

こんな人間が社会で生きていける気がしなかった。

 

昔、職場で会う人たちにいつもあいさつをするクセがあった。

挨拶をする度に「らいあんくん、今日もさわやかでいいね〜」と言われていた自分。

 

そんな自分が対人恐怖症になっていた。

誰よりも一番、自分が混乱していた。

 

「どうしてこうなったんだ・・・」

 

「鬱になるやつなんて気合が足りないだけだよ」とか茶化していた側の自分が、まさかこんなカンタンに堕ちているのが信じられなかった。

 

「大丈夫?」という心配すら心にクる。

体は元気満々。

なのに、心がついてこない。

 

ベッドでボーッとしながら、頭の中はいろんな考えがグルグルと回っていた。

 

「あぁ、講義を受けないと。GPAが落ちると公務員試験の面接が大変だぞ・・・」

 

「国家試験の勉強もどんどん遅れていっている。まずいな。どうしよう・・・。」

 

「まずバイト探さないと、学費、どうやって払おう・・・?間に合うかな・・・?」

 

「人に会うのも怖いのに、自分はこれから生きていけるのか・・・?」

 

「この程度で倒れるなんて、もう人生終わりなんじゃないか・・・」

 

「他の人は平気なのに、なんで自分はダメなんだろうか・・・」

 

ただひたすら、強烈な自己否定感に襲われていた。

 

夜は一晩中起きる習慣がついた。

 

朝、太陽が登ってくる頃に寝る。

夕方の16時に起きる生活。

 

気がつけば完全に昼夜逆転の生活をしていた。

 

 

深夜、鏡の前に現れたゾンビのような男

 

・・・真夜中。

 

トイレを済ませて洗面所の前に立つと、

 

目に大きなクマをつくり、髪がボサボサで、死んだ目をしているゾンビみたいな男が立っていた。

 

自分で自分を見て「うわっ‼︎」と声を上げてしまった。

 

と同時に、

 

「いっそのこと・・・もう死んでしまおうか・・・」

 

そんな思考が頭で回り出した瞬間、まずいと思ってあわてて家を飛び出した。

 

 

あのまま部屋に籠もっていると危険な思考に頭を支配されてしまうような気がした。

夜中の道を歩いていると、冷たい空気が頬を撫でてきた。

 

誰か人に会わないとまずい。

 

そんな気がして、
とりあえずコンビニで
あったかい烏龍茶とおにぎりを買った。

 

コンビニの店員に

「おにぎりあたためますか?」

と声をかけられ、

「はい」と答える。

 

それすらも動悸が激しくなるくらい緊張した。

 

他人に対しての謎の恐怖でビクビクして、店員と目を合わせられなかった。

 

「・・・もう、俺の人生は終わったのかもしれない。」

 

世界に自分だけが取り残されていく感覚を味わっていた。

 

ある日突然ベッドから起き上がれなくなって2ヶ月が経とうとしていた。

バイトの面接も怖い。

仲の良い友達と話す時も自分から話すことがまったくできない。

こんなダメ人間が社会で生きていけるなんて思えなかった。

 

もう貯金が底を尽きようとしていた・・・。

 

 

「もし今日が人生最後の日だとしたら・・・」

あれから1ヶ月・・・。

僕は人生初の長距離バスの中でイヤホンをつけていた。

向かう先は長野県。

 

イヤホンでずっと流れているのはある偉人のお気に入りのスピーチだった。

 

彼の名前はSteve Jobsという。

 

たまたまYoutubeで見つけた、
1分53秒の動画を繰り返し聴いていた。

 

もうかれこれ1000回以上は繰り返し聴いた。

 

かつて彼が中退したスタンフォード大学。

ジョブズは途中で大学を中退していて、卒業生でもないのに卒業記念スピーチをするという皮肉の聞いた有名なスピーチが好きだった。


“for the past 33 years, I have looked in the mirror every morning and asked myself: “If today were the last day of my life, would I want to do what I am about to do today?” And whenever the answer has been “No” for too many days in a row, I know I need to change something.”
 
「これまで33年間、私は毎朝、鏡に向かってこんなことを問いかけ続けてきました。『もし今日が人生最後の日なら、今からやろうとしていることは本当にやりたいことなのか?」と。もし2、3日ほど「NO」という答えが出てくるようなら、それは何か変える必要があるということですから。」

– Steve Jobs
(Apple  創業者)

 


“Remembering that I’ll be dead soon is the most important tool I’ve ever encountered to help me make the big choices in life. Because almost everything ― all external expectations, all pride, all fear of embarrassment or failure ― these things just fall away in the face of death, leaving only what is truly important.”
 
“『私たちは皆、いつか死ぬ』この覚悟を持っておくと、人生における重要な決断をする上で役立ちます。ほとんどすべてのもの、それはたとえば周囲からの期待やプライド、「失敗するかもしれない」という恐怖「恥をかきたくない」といった気持ち、そんなものは死を前にすれば何の意味も持ちません。死に直面した時に残っているもの、それが本当に必要なものなんですから。だからこそ、君が心の底から本当に大切だと思えるもののために生きなさい。

– Steve Jobs
(Apple  創業者)

 

 

“Remembering that you are going to die is the best way I know to avoid the trap of thinking you have something to lose. You are already naked. There is no reason not to follow your heart.”
 
『あなたは常に死に向かっている』常にこれを意識しておけば、「もしかすると何か失ってしまうかもしれない・・・」などといったくだらない思い込みに惑わされずに済むはずです。あなたはもともと何も持っていない状態で生まれてきたんです。失うものなんてそもそもないはずでしょう?だったら、心のおもむくまま、素直に生きない理由があるでしょうか?

– Steve Jobs
(Apple  創業者)

 

この1分53秒のスピーチの切り抜きは僕の人生を救ってくれた。

何度も聞き直していくうちに彼から問いかけられているような気がした。

 

『もし死ぬとしたら・・・?』

 

 

『死』というものが一瞬でも頭をよぎった自分にとって、彼の言葉はハンマーで衝撃を受けた時のような重みがあった。

 

 

と同時に、今までの自分がひたすら他人の期待を満たすためだけに生きてきたことを痛感した。

 

ジョブズにすべて見透かされているような気がして、今までの自分の人生が恥ずかしくなった。

 

僕は彼から自分の人生を生きていなかったことに気づかされた。

 

親の期待、周りの期待、優等生である期待。

自分でも気づかない内にずっと心にフタをして仮面をつけて生き続けてきたことを自覚した。

 

よく友達から「よくそんなに頑張れるね」と言われることがあった。

自分でも正直なぜなのかよくわかっていなかった。そのワケはずっと近しい人たちの期待を背負っている自覚が無意識にあったからかもしれない。

 

たとえば高校生の頃。

親から誕生日プレゼントをもらう時。

母親が母子家庭でひとりで必死に働いて苦労して稼いだお金。それをわざわざプレゼントに使ってもらうことが申し訳なくて、プレゼントを受け取ったときに必死に笑顔を振りまいていた。

 

営業スマイルは家族の間で鍛えられた。

 

「自分ががんばらなきゃ。」

「自分が支えていかなきゃ。」

「そのために公務員になるんだ。」

そうやって小さい頃から無意識に思い続けていたのだと思う。

 

そんなクソ真面目のメッキをかぶって生きてきた自分にとってジョブズの生き様、紡ぎ出される言葉は衝撃的だった。

 

ジョブズの大学でのスピーチをキッカケに、部屋に引きこもっているヒマな時間を利用して、気が狂ったようにジョブズの人生に触れた。

 

  • ジョブズの映画
  • ジョブズの漫画
  • ジョブズの小説
  • ジョブズの名言集
  • ジョブズのスピーチの教科書
  • ジョブズの昔のプレゼンテーション動画
  • ジョブズのマーケティング講義
  • ジョブズのインタビュー
  • ジョブズとビルゲイツとの対談動画。

 

ジョブズに関わるコンテンツにはありとあらゆるものに触れた。

英語が多少なりともできたのが幸いだった。

 

そして決断した。

 

 

「せめて死ぬ前に、
キレイな景色を見ておこう」

 

貯金が底を尽きる直前に決断した。

 

リゾート地で働けるバイトを探して、
思いっきり田舎の自然に癒されようと思った。

 

何より、誰も知り合いがいない、
誰も自分の過去を知っている人がいない、
そういう場所に逃げる決断だった。

 

 

「そこなら、自分の人生を
再スタートできるかもしれない。」

 

そういう淡い期待があった。

自分の人生で初めての『逃げる』コマンドを押した瞬間だった。

 

 

大学に休学届を出す日。

1日中心臓がバクバクしていた。

 

校内は広くないキャンパスだから、友人に見つかるのが怖い。

 

まるで映画に登場するスパイのように周りをチラチラと警戒しながら、受付に休学届を出した。

 

周りから見てもめちゃくちゃ怪しかったと思う。

 

休学届の提出を済ませるとバッと猛ダッシュでキャンパスを飛び出し、バス停に向かった。

 

1秒でも早くキャンパスを脱出したかった。

 

入学するときはあんなにキラキラして見えた大学生たちの姿・・・。

 

ニコニコと楽しそうでリアルが充実している彼らがまるで別世界の住人に見えた。

 

今の大学は自分にとって歩いているだけで精神をすり減らしてしまう場所だった。

 

早く逃げたい。

バスに乗って、家までの帰り道。

ずっと早歩きで帰った。

 

 

その間もずっと頭の中では

 

「本当にこれでよかったのか?」

 

「生きていけるのか?」

 

「こんなんで大丈夫なのか?」

 

そんな自問自答が延々と止まらなかった。

 

気持ちのいいシャバの厳しさを叩き込まれる日々

・・・長野のとある旅館で働き始めてから3ヶ月。

 

気がつけば少しづつ笑えるようになっていた。

 

来たばかりの頃は、テンパっていた。

派遣先に聞いていた話と違って、なぜか社員ではなく女将の元で直接、徹底的にしごかれた。

 

 

「アンタ、『〜円になります」なんて言葉を言っちゃダメよ。「〜円でございます」でしょう?」

 

「ほら、もっと笑顔であいさつしなさい。フロントはホテルの顔なのよ。」

 

ささいな言葉遣いから、表情まで徹底的に叩き込まれた。

 

数ヶ月ぶりに必死で働いた。

働いている間は余計なことを考える暇もなくてちょうどいい。

 

部屋に戻ると糸が切れたようにグッスリ眠る。

休日には近くの観光名所をたくさん巡った。

 

自分の中で働くという感覚を取り戻しつつあった。

 

幸いにも職場に恵まれ、家族のようにあたたかい雰囲気だった。

時には厳しいことも言われるけれど、そこには愛情が隠れていた。

居心地がよくて、派遣の契約期間も延長して働いた。

 

契約期間の終了が近づくと、

社長には「社員にならない?」と誘われ、

女将からも「あなたなら大歓迎よ」と囲い込まれ、

ものすごい嬉しいアプローチを受けた。

 

ただ、そんな中でも湧き上がってくる疑問があった。

 

「自分は本当にこれでいいのか?」

 

という疑問だった。

 

大学に入る頃、あれだけ安定した生き方を望み、みんなの模範生として生きてきた。

「マジメだね」と言われる側の人間だった自分。

 

ずっと周りの期待に応えるために生きてきた。

そんな自分の心の中に最終的に残ったものは「自由に生きたい」という衝動だった。

 

最初は新鮮な気持ちでやれていた仕事に慣れてくると、毎日毎日、ひたすら同じような作業と淡々をこなす。

 

そんな日々を退屈に感じるようになった。

 

そんなある日。

いつも厳しくて、仕事以外は周りといつも距離を置いていた怖い上司に突然声をかけられた。

 

「おい、行くぞ。準備しろ。」

 

「え?行くってどこにですか?」

 

「いいから、汚れてもいい格好になってこい」

突然、上司と近くの有名な山へドライブをした。

いつもは厳しい上司だったのでびっくりした。

 

「・・・着いたぞ。」

 

(スマホで撮ってもめちゃくちゃキレイな景色でした。)

 

現地に着くと長野の大自然を前にして思わず涙がポロポロと溢れてきた。

 

「おい、お前なに泣いてんだよ?笑」

と普段クスリとも笑わない上司に笑われた。

 

「すいません。なんでもないんです。」

人生で初めて見た壮大な自然に感動していた。

 

「・・・どうだ、キレイなもんだろ?」

 

「はい・・・。こんな景色は生まれて初めてみました。ホント、生まれてきてよかったです」

 

と言うと、また

 

「何言ってんだ。大袈裟だろうが。」

 

と笑われた。

 

 

・・・そのとき「これだ」という確信を持った。

 

こうやって旅するように生きていたい。

ただ自然に、そんな思いが湧き上がってきた。

 

 

世界を飛び回る謎のおじいちゃんと遭遇

旅行の閑散期シーズン、仕事がない休日。

この時期の観光業はシフトもそこまで多く貰えず暇な日が増える。

そんな中でまとめて休みを取ってブラブラしていた日。

駅前のバス停でウロウロしている外国人を見かけた。

バス停の文字を「うーん」と眺めながら、ガイドブックらしきものとにらめっこしていた。

 

 

その日は町中の眼科に用事があったのでスルーして病院に向かった。

診察を終えた帰り道、まださっきのおじいさんがウロウロしていた。

少し気になって声をかけてみると、滞在先のホテルでオススメされた美術館を探しているようだった。

なんと期間限定の日本刀の展示があるらしく、どうしても見て帰りたいと言っていた。

昔から大の日本史好きだった自分もそれに便乗しようと思った。

ついでだから一緒に行きませんか?

と言うと驚いた顔からパッと一気に笑顔になって、「You save me.」と言った。

 

バスの中で話をしていると、そのおじいさんはオーストリア生まれで、夫婦で日本に旅行にきたらしい。

これまで世界100ヵ国以上を巡ってきたそうだ。

 

「ニュージーランドのデカポというところがこれまたキレイでね・・・」

 

「ギリシャの料理は本当に美味しいんだよ。でも、その後に日本食に出会って衝撃を受けたね。」

 

「クロアチアのドブロブニクって知ってるかい?あそこも地中海料理が美味しいんだよ。景色もとっても美しいし。」

 

世界のいろんな国のおすすめを教えてくれた。

顔はシワだらけのおじいさんなのに、目は子供のようにキラキラしていた。

こんなイキイキとしているおじいさんは見たことがなかった。

 

美術館に着くと、所狭しと日本刀が並んでいた。

 

 

 

刀は1200度以上の熱で溶かされ、

何万回と打たれ、

何度も最初からやり直しをされ、

時には廃棄され、
少しづつ洗練されていく。

ものによってはたったひとつの刀を作るためだけに1年以上打ち続けることもあるらしい。

そうした過程を辿って、鉄の塊だったものが美しい芸術へと変貌していく。

ただの鉄クズが様々な体験を経て純度を増し、美しい芸術品に生まれ変わっていく。

刀の製作過程は人間の人生と似ているかもしれない、と、とりとめもないことを思ったりした。

 

展示を見終えると、一緒に近くのカフェで休憩した。

おじいさんはさらにいろんなことを語ってくれた。

「刀を見にきたのは、日本刀の事業視察のため」だと言っていた。日本刀は最近海外で美術品としての価値がめちゃくちゃ上がってるらしい。

まだまだ現役で事業をやりながらも投資家として暮らしているやり手のビジネスマンだった。

 

「キミはどんな仕事をしているんだい?
その仕事は好きかい?」

「はい、嫌いではないです。
ただ、少し・・・」

 

 

「おじいさんみたいに、
旅をしながら生きたいです。」

 

そう言うと、優しい目になってニコッと笑いながら「You have to be a Super giver」というアドバイスをくれた。

 

『Be a Super Giver』

帰り道、田んぼに囲まれた景色を駆け抜けていく電車の中でこのメモを読み返しながら、ずっと考えていた。

どうやったら今日出会ったおじいさんみたいに旅するような生き方ができるのだろう?

 

何か大きなヒントを貰えたような気がした。

 

「スキルもなにもない奴が、レールの外で生きていけるわけがないだろ」

 

派遣期間を終えた僕は危機的状況に陥っていた。

 

いろいろ手を出してもしっくりくるものがなく、完全に路頭に迷っていた。

 

最初は何かスキルを身につけようとプログラミングの学校に通い始めた。

パソコンでできる作業といえば、まずプログラマーとかウェブデザイナーが思い浮かんだから。

 

同じ学校に通っていた、ひとまわり年上のお兄さんが転職に成功したと聞いて話を聞いた。

 

納期に間に合わせるために終電まで残って残業し、始発で会社に行くという地獄のような生活を5年以上続けてきたらしい。

そのお兄さんは転職に成功してまだマシになったとは言っても、現実はほとんど変わっていなかった。

ITの現実をそこで見せられたような気がした。

 

いろんなことに取り組んでもまったく望んでいるようなライフスタイルに近づいている気がしなかった。

ずっと暗闇のトンネルの中を歩いているような気持ちだった。

どの方向に足を進めても、まったく進んでいる気がしない。

 

頭の中はいつも焦りと自分への情けなさと怒りでいっぱいだった。

 

 

「何をしているんだお前は!いったい今まで何をしてきたんだ!なんでこんなことになってるんだ!

 

二十数年も生きてきて、自分ひとりで生活費を稼ぐ力も身につけていないのか!!

 

上京してきて、それがどうした?

結局、お前は人生から逃げただけじゃないのか?

 

逃げた先で働いて、自由になりたいだのなんだの言って、その挙げ句にこのザマなのか?

 

なんだお前は。

 

いったい生まれてから今まで何をやって生きてきたんだ?

 

ただなんとなく働いて、それがいったいなんだったんだ?

 

結局なにも残ってないじゃないか!

 

お前の本気はこの程度なのか?

がんばってコレか?

 

社会を舐めるなよ。

 

普通を舐めるなよ。

 

世間を舐めるなよ。

 

 

なにが『旅するように生きていたい』だ。

ふざけるのもたいがいにしろ。

 

今自分がいる立場を理解しろよ。

 

結局お前は、延々と自分の人生から目を背けて、逃げ回っているだけじゃないのか?

 

お前には何もない。才能もない。

才能なんてあったら、今ごろ何かの分野で成功していたはずだ。

 

必死に努力してがんばってきた分野からも最終的には逃げたんだろうが。

 

あるのは必死に這い上がってきた気合と根性だけ。

 

それ以外何もないだろ。

 

それしかないのに、こんなところであきらめるのか?」

 

12月25日。

・・・周りがクリスマスのイベントでキャッキャと盛り上がる中、自分は勉強するためにファミレスに向かっていた。

 

もう自分には、街中で見かけるカップル同士が楽しそうに笑い合っていたり、居酒屋で上司や会社のグチを吐きながら楽しそうに飲んでいるサラリーマンの人たちがキラキラと輝いて見えていた。

もう、普通の生き方すらもできないのかもしれない・・・。

 

慌てて購入したオーディオ教材を聞き直しながら、近所のファミレスへ向かった。

 

「今月中に100記事書き上げる根性もないならビジネスはあきらめる」

自分で自分に約束して、今月、90記事書き上げた。

 

もう信じられるものは己の行動力だけだった。

 

クリスマスは残りのスパートをかけるために1日中ファミレスに引きこもった。

 

 

頭の中は生きることへの焦りで埋め尽くされていた。

 

 

 

 

 

「起業しようと思う」と言うと友人は「無理でしょ」と笑った。

・・・数年ぶりに大学に復帰。

その日は同じ時期に就職活動を終えた友人のお祝いで久しぶりに居酒屋で会っていた。

 

友人「久しぶり。お前どこ行ってたんだよ。心配したぞ。」

 

らいあん「ごめん、ちょっと休学してた・・・」

 

友人「そっか。まぁ、俺も似たようなものだしな。で、就活はどうするの?」

 

らいあん「しない」

 

友人「は?」

 

らいあん「だから、就職しない。」

 

友人「いやいや、就職しないって。ニートでもやんの?」

 

らいあん「いや、それは無理。母子家庭だし。起業する。」

 

友人「いやいや、そんなものできるわけないじゃん・・・」

 

らいあん「した。」

 

友人「はぁ?」

 

らいあん「だから、した。」

 

友人「はぁ・・・?ちなみに・・・どれくらい?」

 

らいあん「今月だと・・・〇〇円」

 

友人「嘘・・・」

 

らいあん「ホント。コレ見て。今月でこれだけ。」

 

友人「いやいや、これ、俺の会社の手取りの倍ぐらいあるぞ。何か悪いことでもやってんの?マルチ?ネズミ講ってやつ?」

 

らいあん「いや、違う。個人で起業した。」

 

友人「はぁ・・・?」

 

らいあん「とりあえず、コレをもっとやれば先が見えているから。もっと続けてみようと思う。」

 

友人「いや、見ない間にすげぇことになってんな。」

 

らいあん「お前は?どうなん?」

 

友人「俺は、将来面白いことがしたいから大手商社を蹴って、ITベンチャーに入ることにしたよ。次の3月からだから、それまでに色々やっておこうと思ってさ。」

 

 

彼はまだ社会人経験がない。

親の仕送りで余裕で大学生活を暮らしてきた。

毎年家族で旅行に行くような、裕福な家庭の生まれ。

だからこそ、勉強に集中して生きてきた。

そんな彼の順風満帆な人生のキラキラ感が羨ましかった。

 

 

らいあん「そっか。いつも頑張ってたもんな。会社決まってよかったな。本当におめでとう。」

 

友人「ありがとさん。というわけで、今日は『社長』のおごりな!」

 

らいあん「おい、その呼び方やめろって。マジでふざけんな。変な誤解されるだろ」

 

友人「いいじゃん。嘘じゃないんだし。笑」

 

らいあん「まじでお前・・・。笑」

 

本当は正直、冗談でも「社長」なんて言われて、ちょっとだけ嬉しかった。

這いつくばってひたすらがむしゃらに走り続けていた自分が、

「生きているんだ」

「変われたんだ」

 

と実感することができたから。

 

 

平日の温泉に行くと3億を賭けた勝負師と出会った

(平日で利用客もほとんどいなかったので誰もいないうちにパシャリ)

 

平日の昼間。

温泉に入っていると不思議な気持ちだった。

今まで、朝から晩まで働き詰めていた頃と比べて、まるで世界が静まりかえってしまったような不思議な感覚を覚えていた。

同い年の中で自分だけ老後を過ごしている気がした。

 

たまたまサウナで一緒になったおじさんと話をしていた。

 

「ほれ、当ててみ。いくらやと思う?」

「100万くらい・・・でしょうか?」

「ノンノン。プロのギャンブラーを舐めてもらっちゃ困るよ。」

 

と、そのおじちゃんは指を3本ピッと立てると、歯を出してニカっと笑った。

 

『ちゃうちゃう、3億』

 

平日の昼間の温泉で、僕は人生で3億円をギャンブルに費やしたおじさんと出会った。

自分のイメージしていたギャンブルにハマった人たちと違って、イキイキしていた。

こういう生き方もあるんだなと思った。

競馬、競輪、ボート、いろんな賭け事が好きらしい。

何より勝負するスリルがたまらないらしい。

いろんなことを楽しそうに話してくれた。

賭け事を話す時の目は子どものようにキラキラしていた。

 

 

「で、にいちゃんはこんな辺鄙なところで何してるんだ?」

「ちょっと時間ができたので、温泉でのんびりしようかなと思いまして・・・」

「ふうん」と何かを察したのか、

少し考えるそぶりをしてから
こんなことを言ってくれた。

「・・・なぁ、にいちゃん。やっぱキラキラした若者がこんなところにいちゃいけねぇよ。男ならもっとおもしろいことやって人生を遊びきってやろうや・・・。まぁ、にいちゃんにはにいちゃんの人生があると思うから、余計なおせっかいだけどな。まぁ、人生の先輩からのありがた~いアドバイスだとでも思って、頭の片隅にでも置いといてくれ。」

「・・・ありがとうございます。」

 

「ま、もしなにか困ったら俺のところにきいや。あんちゃんはおもしろそうやからかわいがってやれるよ。」

と脱衣所でパッとぶっきらぼうに片手で渡された名刺には「〇〇会社役員取締役」と書いてあった。

 

 

誰もが知っているような某大手企業の名前だった。

 

そんなどこかの大企業の役員様が昼間からサウナに入って若造とギャンブルについて語り合っているなんて想像もつかなかった。

 

彼はガッハッハッと気持ちのいい笑い方しながら僕の肩を掴んで言うと「じゃあ、またなー!」と脱衣所を出ていった。

 

「この人はウチの親とほぼ同い年なんだ」

年齢が自分よりも2回り以上も上だと信じ切れないくらい若々しいエネルギーに満ち溢れた人だった。

なんなら同じ年齢の友人よりも楽しそうに人生を生きていた。

レアキャラに遭遇してしまった気分だった。

 

旅先のビーチで出会った美女とビールで生きるおじさん

オーストラリアを旅している時、ビーチでボーッとしているとオージーのおじさんが話しかけてきた。

 

 

「Hey, mate. What are you doing this lovely day?」
(やぁ、少年、こんな素敵な日にボーッとしてどうしたんだい?)

 

 

「Hi, what’s going on? I’m just seeing a sea」
(やぁ、どうも。海を眺めているだけだよ)

 

「Oh…, let do it together. Mind if?」
(そうか。ご一緒してもいいかな?)

 

 

「No.」
(どうぞ)

 

 

何か思うところがあったのか、一瞬だけ少し思い詰めたような表情になったそのおじいさんは僕の隣に腰を下ろしてポツポツとひとり語りし始めた。

 

 

「I always drink a beer like this on the shore. It took every 16 years.」
(僕はこうやって毎日海を眺めながらビールを飲むんだ。かれこれ16年くらいずっとね。)

 

「Really? Do you think you gotta tired of it?」
(そうなんだ。飽きたりしないの?)

 

 

「No. cuz I love’n it.」
(しないさ。だって好きだからね。)

 

 

「I’m loving it…That’s really great word. I never heard before.」
(「好きだから」ですか。いい言葉ですね。今まで聞いたことがなかった)

 

「How about you, mate?」
(君はどうなんだい?)

 

 

「Cuz I just have a time. But I’m still trying to seek what I love.」
(ちょっと時間があったのでここにいました。でも、いまだに好きなものは何なのか探し続けています。)

 

 

「You are so young. You need to try anything,
do anything what your heart guided.」
(君はまだ若い。何かやってみて、君の心が動くものを探すんだ。

 

 

「You…?」
(え・・・?)

 

 

「I love beer, beautiful lady and sunset on the beach. That makes all of my life. hahaha.」
(僕が大好きなのは、ビールと美女とビーチでの夕焼け。
それが僕の人生みたいなものだ。笑)

 

とニカっと笑顔を作りながらガッハッハと笑った。

 

 

そして、スッと真剣な顔になる。

 

 

「…But I have to tell you, mate.
Don’t waste your time.
Please live a life you will remember. 」
(ただ、これだけは言っておくよ。
時間を粗末にしちゃいけない。
後悔しないように今を生きるんだ。)

 

 

「What’s that?」
(どうしたの?)

 

 

「My father always told me like this.」
(僕の父がいつもそう言ってくれてたのさ)

 

 

「Okay. I got it, thank you.」
(そっか。ありがとう。胸に刻んておくよ。)

 

==========
人生、一度きりしかないなら、
全力で生きようじゃないか。
==========

好きなものなんてない。

そういう人でも、自分の心に素直になって全力で取り組んだ先に何か見つかるかもしれない。

 

 

 

 

人生に意味などない。生きる意味など探すな。

・・・都内に最近できたというおしゃれなカフェである青年と話をしていた。

 

「・・・あの、らいあんさん。本当に何者なんですか?」

 

らいあん「え?何者って・・・若者ですよ?年齢だって〇〇さんとひとつしか変わらないじゃないですか。」

 

 

「いやいや、そういうことじゃなくって。こう、なんというか。全然オーラがないのにやってること凄すぎますって。僕も個人でやってきてましたけど、なんというか、異常というか。今まで行き詰まっていたのに、このカフェに来て1時間で、これからどうやっていけばいいのかすべてはっきりしたような気がします。」

 

らいあん「オーラがないってよく言われます。笑。それは大げさですよ。〇〇さんだってもともとうまくいってたじゃないですか。」

 

「いえ。これだけは言えます。少なくとも最近参加した30万円のセミナーよりも、この1時間の方がよっぽど濃密な価値がありました。」

 

らいあん「それは言い過ぎですって。」

 

「こんなカフェとケーキ代まで出してもらって。もう本当になんというか頭が下がります。僕の2コ下だと思えませんよ。僕だったら最低これぐらい相手に払わせますって、絶対。ダメですよ、そんなんじゃ。」

 

なぜか怒られていた。

 

らいあん「そうですか・・・。うーん・・・暇だったから?」

 

「いや、意味わからんです。笑。マジで、頑張るんで。売り上げが上がった日には必ず恩返しします。」

 

らいあん「ありがとうございます。楽しみにしてますね。笑」

 

「いや、マジでその時はらいあんさんを叙々苑に誘います。」

 

らいあん「じゃぁその時は、肉よりスイーツが好きなので、リッツカールトンのケーキでも奢ってください。たしかケーキ1ピース5000円くらいするやつがあるらしいので。甘いのが好きなんですよ。あれまだ食べたことないんですよね。」

 

「甘党だったんですね。わかりました。あと、それと聞きたいんですけど、本当にメルマガとかやられないんですか?」

 

らいあん「うーん。今の所、その予定はないですね。別のメディアで精一杯なので。それに、こんな若造に教えられてもみんなイライラするだけなんじゃないかと思っています。」

 

「ダメです。失礼な言い方になるかもですが、今日から始めてください。こんなこと言うのあれですけど、マジでその辺のくだらない人たちよりも、次元が違いすぎます。マジで人間資産を無駄にしている気持ちになります。なんだったら僕が書きます。書かせてください。」

 

らいあん「いやいや、いいですよ、そこまでしなくて。〇〇さんは自分の事業で忙しいんですから。たしかにそうですね。そろそろ発信するのも考えてみてもいいかもしれません。ありがとうございます。」

 

 

 

・・・。

 

 

「らいあんさん。本当になんというか。ありがとうございました。この3ヶ月間、控えめに言って人生が激変しすぎてびっくりしています。」

 

らいあん「いえいえ。とても真剣になられていたからこそ、だと思います。」

 

「私よりもひと回り若いのに、とても落ち着いていらっしゃるんですね。」

 

 

らいあん「それ、よく言われます。自分ではなんでなのかよくわからないんですが・・・笑」

 

「いえ。ぜひ今度、私のところにマッサージ受けにきてください。らいあんさんならいつでも予約を空けておきますので。」

 

らいあん「いやいや、予約が3ヶ月先まで埋まってるっておっしゃってたじゃないですか。無理しないでくださいよ。人気者なんですから。」

 

「いえ。正直、らいあんさんのご指摘がなければ短期間でここまで来ることは絶対にできなかったので。何が何でも時間を空けます。」

 

 

らいあん「はい・・・。笑。わかりました。じゃあ。お言葉に甘えて。空いている時間でいいので教えてください。予定はいくらでも合わせられるので。お願いします。」

 

「本当ですか!?
じゃぁ、〇日の◯時で・・・・・」

 

 

 

『好きを仕事にする』

 

いまだにこれに対して答えは出ていない。

好きを仕事にするってなんなんだろう。

働くってなんなんだろう。

もしかすると、まだ自分探しをしているあの頃とは、実際はなにも変わっていないのかもしれない。

 

でも、少なくともこんな自分でも人の役に立つことが楽しいと思えるようになった。

考えたサービスが誰かの役に立っている。

ある意味、自分の好きなものはそれなのかもしれない。

 

本当に求めている人のためだけに、
全力で価値提供をする。

 

少なくとも、
自分が関われる人の人生に
0.1%でもいいから変化を提供する。

 

それによって起こる
小さな成長の瞬間を
目の当たりにする。

 

その瞬間がたまらなく好きだと気付いた。

 

いくら派遣バイトをしていても、
いくら営業で月うん百万稼いでも、
まったく心が満たされなかった。

 

それでも、喜んでくれた人の声を直接聞けた時に「あぁ、がんばってよかったなぁ」と思った。

おこがましいけれど、こんな自分でも人の役に立てるのがおもしろかった。

所詮、ただの自己満足かもしれない。

でも、自分の好きな生き方はコレなんじゃないかと感じている。

 

 

人生に意味はない。

 

だからこそ。

 

寝ることすら忘れ、

 

全力で何かに打ち込み、

 

そうしてようやく

 

『もしかしたらこれかもしれない』

 

と思える道がパッと開ける瞬間がやってくる。

 

~ Life Is Journey ~
人生は旅のようなものだ

 

人生それ自体に意味などない。

しかし、意味がないからこそ
生きるに値するのだ

(カミュ、フランス、作家)

 

To be continued…

 

 

P.S. 本格的にメルマガを始めることにしました。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

 

この度、メルマガを本格的に始めることにしました。

『旅するように生きる渡り鳥のようなライフスタイル』を実現するためのコンテンツをもっと濃く深くして提供していく予定です。

少しでも僕の生き方に共感してもらえたのであれば、きっと役立つと思います。

詳細はコチラから。