僕の家系の特徴は全員ギャンブルで人生壊してるってところですね。
完全なるギャンブル中毒。
特に父方の家系がとんでもない。
ホントよく僕は今こんなことやれてるなって思います。
下手すれば今頃なけなしの給料を叩いてパチンコに通って「なんだしけてんな」とか言いながら会社や社会への不満のグチをたれつつ、この世を呪っていたかもしれません…。
幸い、まだパチンコには一度も行ったことがありません。
多分、手を出したら血筋通りの末路を辿りそうな気がします…。
実家に本なんか1冊もありません。家族の唯一の娯楽はテレビ。毎日のようにテレビで予約したバラエティ番組を見るか、ベッドに寝っ転がってYouTubeを見てるから、あとはパチンコ行ってるかレベルでした。
コレを話すと今だに「らいあん君ってもしかして養子なの?孤児なの?」と疑われたりします。
カフェでややこしそうな洋書を読んだり、専門書を読んでいたり、勉強熱心な姿を見た人は特に、です。
家族の話と今の僕の状況が相手の頭の中でつながらないんでしょうね。
言葉遣いや所作、女性の扱い方も、飲食バイト(特にアッパー層向けの高級店や老舗のお店)で徹底的に扱かれたのでそれもあるのかもしれません。
戸籍情報を確かめたことがありますが正真正銘、家族との血は繋がっているらしいのでどのタイミングでおかしな方向に行くか不安ではあります。
ある意味生まれた瞬間からギャンブルで人生を破滅させる業を背負ってるようなものですから。(まだDNA鑑定には手を出していません。)
これはいまだに覚えているんですが、まだ僕が中学になりたての頃くらいに父方の祖父の最期病院で看取った記憶があります。
いわゆる僕の祖父に当たる人。その人が目をつぶる瞬間に細い腕からは考えられないくらいの力で腕をガシッと掴まれたのが最期でした。
「あぁ、人間の最期はこんな感じなのか…」と中学生ながら思いましたね。
祖父方は離婚していて、そのおじいさんとはその日まで面識もなかったんですけどね。
初対面が人生最期の瞬間だったので印象に強く残っています。
その祖父は容態が急変する直前までパチンコ屋にいたらしいです。
すごいですよね、執念が。
死の間際までパチンコなんて。
当時中学生だった僕はパチンコなんてよくわかっていませんでしたが、今思うと祖父はもう生粋のギャンブル中毒ですね。
ある意味好きなことをやり尽くして人生全うして、大往生したのかもしれませんが。家族には散々迷惑をかけまくっていたらしいです。
でも、今ならなんとなく気持ちもわかる気がします。
大して社会で成功できず、別に挑戦することもなければ娯楽に走るしかない。もう、そこにしか意味を見出せなかったのかもしれない。
なので小さい頃から祖母には「アンタだけは染まっちゃいかん」と半ば洗脳教育のように「いい大学に行け」と叩き込まれ続けたおかげで、本を読み、勉学に精を出し、上京して大学にいくことができました。その学費もほぼ己の肉体労働の血と汗の結晶と奨学金という借金でしたけど。
大学に入って衝撃を受けました。この世には親に学費を出してもらい、生活費を出してもらい、毎日のように遊び回りながら、ユルユルキャンパスライフを送れるような家庭がゴロゴロあるのか、と。
親が外交官、政治家、経営者という人もいましたね。
「私の父親はそんな大した会社じゃなくて…」と申し訳なさそうに言うので「ち、ちなみにどの会社…?」と恐る恐る聞くと誰もが知っている超大手会社の部長クラスだったり。
もうそれ以来彼らの語る「お金なくて」は信用できませんでしたね。
余裕があるから服装も清潔ですし、なんだかこう人生に余裕がありそうに見えていたんですよ。
「あぁ、あれがキラキラのキャンパスライフか…」と思いながら当時絶賛貧乏大学生の僕は教科書代とか学費を稼ぐべくバイトに精をだしていました。
で、やっぱりそういう裕福そうな家庭には本がある。良家っぽい家庭には絶対に本が絶対ある。マンガじゃなくて本。あとテレビがないとかテレビを見ない家庭とか。
そういうお家におじゃまさせてもらった時に巨大な本棚に本がパンパンに並べられていて、もうその時点で世界が違いすぎて驚きを隠せませんでした。
家の中に本棚があって、しかもそこに本が並べられているのが信じられませんでした。
当然、生きてる世界線が違うので話も合わなくなりますし、時間も合わなくなりました。
人生を通してひとつ言えること。
この世は平等ではないということ。
生まれた瞬間から、ヨーイドン!で一緒に仲良く並んでスタートすることはほぼありません。
そういう意味で己の行動力に自分で驚くことがあります。
家族の誰も本なんか読まない。というか本を買わない。ましてや勉強なんてほとんどしない。受験時代、勉強しようと思っても家族のテレビがうるさすぎて夏の暑い日差しの中を図書館に行っていたのを思い出します。
あと、当たり前のように節約節約、貯金しながらおかしを食べるという矛盾に気づかない。自己投資しない、服とか身だしなみよりまずお菓子。そういう家庭で育ちました。
僕の人生で唯一良かったことは、家族とほとんどいる時間がなかったということです。コレはスポーツのおかげですね。小中高の12年間ほぼすべて捧げました。
元バリバリヤンキー(元暴○族)の厳しい師匠のもとで鍛え上げられたので根性だけは据わってるとよく言われます。師匠からは言われたことができないと竹刀でビシバシ叩かれ、何度も同じミスをするとぶっ飛ぶ勢いで蹴り飛ばされ、殴る蹴るは日常でしたからね。それが小学生の頃から当たり前でした。
ある意味その元ヤン師匠に徹底的にしごいていただいたおかげでマトモな人格?になれたのかもしれません。
僕のスポーツの師匠である元ヤン師匠に小学生のときに出会うことがなかったら間違いなく地方のクソ田舎で貧乏童貞非モテ男子として一生恋人もできずTwitterでグチったりパズドラ?かなんかに手を出して休日をつぶすだけのクソつまらない生き方をしていた可能性が極めて高いですから。
家族よりもその師匠といた時間の方が圧倒的に長かったので、叱られた記憶もパッと思い出せるのはその師匠の思い出ばかりです。よく考えたらすごいことですね、コレ。
結果として、徹底的にしごかれたおかげで「勉強しない、自己投資しない、ギャンブル中毒」な親を反面教師としてキチンと見れたんだと思います。
(普通の一般家庭で育ってきた女性からは「家族にそんな言い方しちゃダメだよ」と叱られますが。)
ハッキリ言うと、今だに引きずってると思います。というよりこうして文章として残してしまっている時点で間違い無いですね。
結婚願望ほぼゼロですし、家族という在り方にあまりいいイメージが持てない。何よりお手本がコレなのでましてやありえんだろ、と。
これまで人生で結婚を迫られたことが3回ほどありますがどれも結局破局しました。
で、なんでこんな話をしたのかというと「希望」を持ってほしいんですよね。
普通の家庭の人はすごいチャンスあるな、と。
つまりここまでの文章を読んで「うわ、コイツかわいそうだな」と思ったそこのあなた。
あなたはすごい恵まれてます、チャンスです。その環境を活かしてあらゆることにドンドンチャレンジしていきましょう。すごい恵まれてるということに気づいてください。
僕みたいに毎月の収入を限界まで削り本に知識に自己投資して「まずは己の頭をゼロから鍛え上げるところからスタート」みたいなことをせずともまとまった金額を知識にブチ込めば一瞬で、余裕で成功できるはずですから。
僕のことを「かわいそうだ」と思えるあなたはいわば勝ち組側にいるわけですから。挑戦しましょう。リスクとって行動しましょう。
読んでいただいた方はわかると思うんですけど、僕のコンテンツにはおそらくひねくれた部分がいまだに残っていると思うんですよね。
こう、なんと言えばいいでしょうか。薄暗くてドロドロしたヘドロとでも言えばいいでしょうか。きっと真面目であろうとしたがゆえの反動のようなものです。ちょっとうまく説明できませんけど。それが一生引きずるんだと思います。
ちょっと京都の高級旅館に泊まれるようになったり、スタバに毎日のように通えるようになったところでですね、過去は消えませんから。ずっと心の奥底に楔のように刺さったままなのでふとした瞬間に思い出してしまうんですよね。
でも、だからこそ「よくやった」と思える瞬間があるのも事実です。よくがんばった。よく気合いと根性でここまできた、と。
なので多少経済的成功を収めたり、自由に時間を使えるようになったところでですね、どこまでいったところで結局はメッキの成り上がり人間ですから。生まれた血筋、出自は変えようがありません。
なので生まれた時から恵まれていた人と無意識に比べてしまうダークサイドは今だにあります。自分でもそれを認めます。
キラキラした人たちと一緒にいると居心地が悪くなるんですよね。こう「あ、オレここにいちゃいけない人間かも」と思ってしまう瞬間があります。
なので、良家のお嬢様みたいな清廉潔白な人って本当にいるんだ、と知った時は衝撃を受けました。
口元に手を当てて「フフッ」と笑う人なんてホントにいるんですね。生まれて初めて会いました。花咲くような笑顔ってあれのことを言うんでしょう。今年一番の衝撃でした。
少年ジャンプで登場するマンガの主人公のヒロインの周りにキラキラした描写をするじゃないですか。まさにあんな感じで後光が差しているかのように見えました。
あまりに眩しくて、自分が浄化されてこの世から消えるんじゃないかと思いましたよ。
しかもこんなヤツの話にも心の底から笑顔で笑ってくれる、かわいい、美人、モデルみたい、というかモデルやってる、みたいな。
話を聞いてくれたのはある意味、物珍しさがあったのかもしれませんね。普段暮らしてる世界では見えない汚い部分とかこの世の闇的な部分とかを見抜かれていたのかもしれない。
それをおもしろおかしくネタにして話すのがウケたんでしょう。
その場には僕なんかよりよっぽどキラキラした人とかゴロゴロいたんですけど、その良家のお嬢様みたいな人はやたら僕に興味を持ってくれました。
まぁ、珍獣みたいなもんだったんでしょう、きっと。
人間の中にゴリラとか混ざってたら目立つじゃないですか。それです。
そんなヴィーナスの化身みたいな女性と会話をしながら心の中でずっと「あぁ、この女神を産んでくださった女神のご両親様に心の底から感謝申し上げます。おかげで生きる気力が湧いてきます。」とアッラーに祈りを捧げるかのように感謝していました。
そんなくだらないことを考えていると、
「ん?らいあん君、どうしたの?」と鈴を転がすような美しい声と首をかしげながら長い黒髪を耳にかける仕草とか、そのひとつひとつの所作が様になりすぎていて、思い出すだけでドキドキします(笑)。
なので、僕はストリート上がりですが一生この「生まれた地点の不平等」という感覚は死ぬまで消えないと思います。
だからこそ思うんですよね。
ここまで読んで「こいつほどじゃないな」とか思うくらいだったらものすごい恵まれているしチャンスがゴロゴロしているってことを知ってほしいです。
来月食ってけるか分からない、そんなレベルまで食費を限界ギリギリまで抑え、スーパーで消費期限ギリギリで安くなっていたモヤシを買い、塩胡椒だけで味付けしたモヤシを炒めて飢えをしのぐ生活をしながら、自己投資して手に入れたアメリカのマーケティング教材を必死に翻訳して、6畳間?以下の部屋の隅っこで勉強していた時期があったわけですから。
そんなやつでも平日の昼間からスターバックスで読書をしながらドリップコーヒーを片手に優雅な時間(笑)を過ごすことができるようになれましたから。
だから、これを読んでいるあなたにはまだまだチャンスがあります。
「俺なんて才能がないから、センスがないから…」とか卑下しないでください。あなたにもやれることがあります。必ずあります。
ドンドン挑戦しましょう。いろんな世界に飛び込んでみましょう。
別に一時くらいわざわざ食べなくても死ぬことないですから。知識に投資して、己の頭を鍛え、挑戦し、成果を上げ、成功を目指して行動していきましょう。
人生、ドン底からでも這い上がれます。